M&Aや株式投資などの場面で重要な概念となるのが「企業価値」です。
企業価値を算出すれば、「その会社をいくらで売買すべきか」とか「株価はいくらくらいが妥当なのか」などの判断材料にすることが可能です。
企業価値の計算方法には様々ありますが、今回はその中でも特に信頼性が高いと言われる「DCF法」についてお伝えします。
DCF法は比較的難しい手法であり、調べてみるとある程度会計やファイナンスが得意な方向けの記事が大半です。
そこで今回は、会計やファイナンスの初心者〜中級者向けに、DCF法による企業価値の求め方を極力わかりやすくお伝えしようと思います。
DCF法による企業価値計算の簡潔な説明
DCF法とは?
まず初めに、ある程度会計やファイナンスの知識がある方に向けて、DCF法による企業価値計算を簡潔に説明します。
DCF法とは、その会社が将来的に生み出す価値の合計金額を現在価値に修正したものを企業価値とする計算方法です。
DCF法には、将来的な収益力や無形資産の価値を考慮した上で企業価値を導出できるメリットがあります。
そのためM&Aや株式投資など、ビジネスの様々な場面で活用されている手法です。
DCF法ではどうやって企業価値を求めるのか?
DCF法では、まず初めに将来数年分(予測期間)のフリーキャッシュフローと割引率を算出します。
そして次に、予測期間よりも後に創出されるFCFから継続価値を算出します。
そして予測期間のFCFと継続価値をそれぞれ現在価値に割り引いて、それらを合計することで「事業価値」を求めます。
最後に、事業価値と非事業資産を足し合わせれば「企業価値」が求められます。
つまりDCF法を用いた場合、企業価値は下記の手順で算出されます。
- 将来数年分のFCFを算定
- 割引率を決定する(基本的にはWACCを使う)
- 継続価値を算出する
- FCFと継続価値を現在価値に割り引く
- 事業価値を計算する
- 非事業資産の時価を算定する
- 企業価値を計算する
かなり会計が得意な方であれば、この説明で理解できたかもしれません。
ですが大半の方にとっては、この説明ではさっぱり分からないと思います。
次項からは、7つのステップで企業価値を計算する方法をわかりやすくお伝えします。
手順1:数年分のフリーキャッシュフロー(FCF)の算出
DCF法により企業価値を求めるには、まず初めに今後3〜5年分のフリーキャッシュフロー(FCF)を求める必要があります。
フリーキャッシュフローとは、株主への配当金や債権者への利息支払いに利用できるキャッシュフローを意味します。
難しい説明は抜きにして、とりあえず下記の計算式を覚えてしまうのが良いかなと思います。
- FCF = 営業利益 × (1 − 税率) + 減価償却費 − 運転資金増加額 − 投資額
ちなみに運転資金とは、売上債権と棚卸資産の合計額から仕入債務を差し引いた金額です。
FCFの計算では、前期から当期に渡って増加した運転資金を差し引きます。
上記の式を用いて、今後3〜5年間でどの程度のキャッシュフローを得られるかを算出していきます。
手順2:割引率の決定
3〜5年分のFCFを算出したら、次に割引率を決定します。
割引率とは、FCFや後述する継続価値を現在価値に割り引くために用いる値を意味します。
WACCを割引率とする場合
一般的にはWACC(加重平均資本コスト)と呼ばれる値を、DCF法の割引率として用います。
WACCを簡単に説明すると、資金調達に必要なコストが資金調達の総額に占める割合を意味します。
WACCは下記の計算式で求められます。
- WACC = {E×rE+D×rD×(1-t)} ÷ (E+D)
※参考
E:自己資本の価値
D:負債の価値
rE:自己資本のコスト
rD:負債コスト
t:実行税率
自分で割引率を決める場合
上記の通り、WACCの計算はかなり難しいため、会計やファイナンスが得意でない方が使用するのは難しいです。
WACCを算出するのが難しいのであれば、自分で割引率を設定するのも可能です。
では、割引率はどのように決定すれば良いのでしょうか?
結論から言うと、事業計画(FCFの予測)の不確実性が高いほど、割引率は高く設定します。
DCF法では事業計画に基づいて将来得られるであろうFCFを算出しますが、事業内容や計画の質によってその確実さは変わってきます。
たとえば設立間もないベンチャー企業の場合は不確実性が高いですが、ある程度収益を安定的にあげている大手企業の予測は比較的正確さが増します。
自分で割引率を決定する際は、企業価値を算出する会社の状況に応じて、大体の割引率を設定すれば良いのです。
参考までに言うと、設立したばかりのベンチャー企業では50%以上、上場間近のベンチャーでは20〜40%、上場企業の場合は5〜10%程度が良いと言われています。
手順3:継続価値(TV)の算出
3〜5年分のFCFを予測・算出しましたが、倒産しない限りそれ以降も会社の経営は続きます。
よってDCF法により企業価値を計算する際には、予測期間よりも後に生じるFCFも考慮するのが一般的です。
そのためには、予測期間の最終年度時点における事業の金銭的価値である「継続価値(Terminal Value)」を算出します。
多少語弊はあるかもしれませんがもっと簡単に言うと、「予測期間以降に発生するFCFを合計し、それを予測期間の最終年度における現在価値に修正した金額」を継続価値と呼びます。
たとえば今後5年間のFCFを予測する場合は、「5年目時点での事業価値」または「6年目以降に発生するFCFを合計した金額を、5年目の現在価値に修正した金額」を継続価値とします。
継続価値(TV)は、下記の計算式で算出するのがセオリーです。
- 継続価値(TV)={予測期間の最終年度のFCF×(1+永久成長率)}÷(割引率−永久成長率)
継続価値を求める際には、予測期間よりも後は一定の成長率でキャッシュフローが増えていくとします。この一定の成長率を「永久成長率」と呼び、一般的には0%〜1%の間で決定します。
たとえば5年目のFCFが100万円、割引率が10%、永久成長率は0%だとします。
この場合の継続価値は次の通り計算できます。
- TV={1,000,000×(1+0)}÷(0.1-0)=1,000,000÷0.1=10,000,000円(1,000万円)
つまり5年目時点での事業価値は1,000万円となります。
手順4:数年分のFCFと継続価値を現在価値に割り引く
計画期間内のFCFと継続価値を算出したら、割引率を用いてそれぞれを「現時点での」現在価値に割り引きます。
将来得られるお金は、100%必ずその時に受け取れるとは限りません。
たとえば政治や法律の変化により、思わぬ形で事業が失敗して予測していたFCFを得られなくなるリスクもあります。
DCF法で企業価値を求める際には、このようなリスクを踏まえた上で、「将来得られるお金(将来価値)は現時点でどの程度の価値を持つのか」を表す現在価値を使用します。
現在価値は下記の算式で求めます。
- 現在価値=将来価値÷(1+割引率)^n
「^n」とは(1+割引率)の累乗であり、nにはFCFが発生する年度が入ります。
たとえば3年後に得られるFCFであれば、(1+割引率)を3乗します。
ところで「継続価値は先ほど現在価値に修正したのに、どうしてもう一度修正する必要があるのか?」と疑問に思う方もいると思います。
その理由は単純で、「継続価値は、予測期間よりも後のFCFの合計を予測期間の最終年度時点の現在価値で表したものであり、現時点での現在価値を表すわけではないから」です。
DCF法で求めたいのは「現時点での現在価値」であるため、予測期間の最終年度時点における現在価値を、さらに現時点での現在価値に直す必要があるのです。
たとえば5年目時点での継続価値を現在価値に修正するのであれば、先ほどの式のn部分に5を代入して計算します。
手順5:事業価値(FCFの現在価値 + 継続価値の現在価値)を計算する
FCFと継続価値の現在価値をそれぞれ導き出したら、それらを全て合計します。
なお全て合計したものは、「事業価値」と呼ばれます。
事業価値の求め方を簡単な例で確認しましょう(FCFと継続価値は共に現在価値)。
- 1年目FCF:300万円
- 2年目FCF:500万円
- 3年目FCF:700万円
- 4年目FCF:1,000万円
- 5年目FCF+継続価値:1億1,000万円
事業価値=300万円+500万円+700万円+1,000万円+1億1,000万円=1億3,500万円
手順6:非事業資産の時価を算定する
企業価値を算出するには、事業が今後創出する価値の合計である「事業価値」に、現時点で保有している資産である「非事業資産」の価値を足し合わせる必要があります。
非事業資産には具体的に、現預金や投資有価証券などが該当します。
なお非事業資産を足し合わせる際には、帳簿価格ではなく「時価(現時点で売却して得られる金額)」を用います。
手順7:企業価値(事業価値 + 非事業資産の時価)を計算する
非事業用資産の時価を算定したら、それを事業資産と足し合わせることで企業価値を算出できます。
たとえば非事業用資産の時価総額が5,000万円、事業価値が1億3,500万円の場合の企業価値は、1億8,500万円となります。
DCF法による企業価値の計算は以上となります。
DCF法による企業価値の計算方法のまとめ
今回の記事では、DCF法により企業価値を計算する方法をなるべくわかりやすいように解説してみました。
今回お伝えしたやり方は教科書的なやり方であるため、M&Aなどの実務ではもう少し精密なやり方を用いているかもしれません。
ですが「自分の会社がどの程度の価値を持っているのか知りたい」とか「趣味の範囲でやっている株式投資の参考にしてみたい」など、簡易的な目的で企業価値を計算する目的であれば、今回お伝えしたやり方で十分対応できるかと思います。
企業価値の計算方法を何となく知っているだけでも、いろんな場面で役立つと思うのでぜひ活用してみてください!